大阪地方裁判所 平成7年(ワ)9547号 判決 1997年5月09日
反訴原告
冨原昇三
反訴被告
田中要次
主文
一 被告は原告に対し、金一三六〇万七一六五円及びこれに対する平成七年八月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し、金四一二七万三〇八四円及びこれに対する平成七年八月五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、追突事故の被害者が、「事故後五年を経て、等級表九級に該当する後遺障害を残して症状固定した。」と主張して、右追突車の運転者に対し、民法七〇九条に基づいて逸失利益等の賠償を求めた事案である。なお、本件は、当庁平成四年(ワ)第一一四四八号債務不存在確認請求事件の反訴として提起されたが、右事件は訴の取下げによつて終了している。
一 争いのない事実
1 事故の発生
(一) 日時 平成二年六月二三日午前四時五〇分頃
(二) 場所 岐阜県端浪市釜戸町一二二〇番地先国道一九号線
(三) 関係車両
第一車両 被告運転の普通乗用自動車(松本五六り六〇三七号、以下「被告車」という)
第二車両 原告運転の普通乗用自動車(大阪五二め三一〇号、以下「原告車」という)
(四) 事故態様 被告車が原告車に追突した(以下「本件事故」という)。
2 被告の責任原因
被告は、民法七〇九条の責任を負う。
3 原告の受傷及び入通院状況
原告は、本件事故により、頸部捻挫等の傷害を負い、その後、次の通り入通院した。
(一) 事故当日の平成二年六月二三日高井病院に通院
(二) 東長原病院に平成二年六月二七日から同年七月九日まで通院(実通院日数四日)
(三) 同病院に平成二年七月一〇日から同年八月三一日まで五三日間入院
(四) 同病院に平成二年九月一日から平成四年一〇月一二日まで通院(実通院日数五九六日)
(五) 信原病院に平成四年九月二日から平成七年八月五日まで通院(実通院日数一七二日)
4 損害の填補
被告は原告から、総計一〇五八万七七二〇円の損害の填補を受けている。
二 争点
1 傷害内容・症状固定時期及び後遺障害の有無・程度
(原告の主張の要旨)
原告は、本件事故により頸部捻挫のほか左肩関節腱板断裂、右肩関節腱板炎、左肩関節周囲炎等の傷害を負つたもので、しかも、左肩関節腱板断裂の発見が遅れたために治療に相当期間を要した。そこで、原告の症状固定時期は平成七年八月五日までであり、少なくとも平成六年一一月一一日までの治療を要した。そして、原告は左肩関節の機能に著しい障害、右肩関節の機能に障害を残したもので、後遺障害の程度は左肩が自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)一〇級一〇号に、右肩が一二級六号に該当し、併合九級に該当する。
(被告の主張の要旨)
本件事故の態様からして、原告が左肩関節腱板断裂の傷害を負うことは考えられない。仮に頸椎捻挫の傷害を負つたとしても、他覚的所見に欠ける軽いものにすぎない。原告の治療の長期化は、経年性退行変化であるいわゆる五十肩もしくは心因性に基づくものであり、本件事故との因果関係はない。本件事故と相当因果関係が認められる治療期間は長く見ても六か月であり、休業期間は一か月である。
原告の主張する左肩関節腱板断裂の存在が現在認められるとしても、これも経年性に基づくものであり、本件事故と因果関係はない。原告にはその労働能力に影響を及ぼすような後遺障害は残存していない。
仮に、原告の長期の治療及びその主張にかかる障害と本件事故との間に相当因果関係が肯定されるとしても、治療の長期化と後遺症の発生には原告の五十肩、糖尿病、心因性等の素因が寄与しているから大幅な減額がなされるべきである。
2 損害額全般
(原告の主張額)
(一) 治療費 五三一万一八四一円
内訳
(1) 高井病院及び東長原病院 二七七万六〇五一円
(2) 信原病院 二五三万五七九〇円
(二) 文書料 六七〇〇円
(三) 入院雑費 六万八九〇〇円
(四) 通院交通費 一四五万一六八〇円
兵庫県龍野市所在の信原病院への通院交通費として、新大阪―相生間の新幹線往復交通費八四四〇円の一七二回分。
(五) 医療器具購入費 九八八八円
(六) 休業損害 二七九五万八三一三円
原告は露天商として年間売上げ一〇〇〇万円、材料費その他の諸経費を引いて年間五五〇万円の収入を得ていたが、通院期間中、出店に当たつての基本的な作業である重量物の運搬が全くできず、原告は通院期間全部に亘る休業を余儀なくされた。
(七) 逸失利益 六〇一万六〇二一円
原告は七年間就労可能である。
(八) 入通院慰藉料 五〇〇万円
(九) 後遺障害慰藉料 五〇〇万円
(一〇) 眼鏡フレーム修理代 三七〇八円
(一一) 車両関係の物損 一〇三万三七五三円
内訳
(1) 全損による時価額 七八万八〇〇〇円
(2) 牽引諸費用 二三万〇七五三円
(3) 引取り料 一万五〇〇〇円
よつて、原告は被告に対し、(一)ないし(二)の合計五一八六万〇八〇四円から損害填補額一〇五八万七七二〇円を差し引いた四一二七万三〇八四円及びこれに対する平成七年八月五日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告の主張)
(一) (1)の治療費額は認める。
原告の人身損害の総額は、一一四九万四九五一円である。原告車の物的損害は、八一万一五五六円にとどまる。
第三争点に対する判断
一 争点1(傷害内容・症状固定時期及び後遺障害の有無・程度)について
1 認定事実
証拠(甲一、二の1、2、四の1、2、六、八の1、2、九ないし一二、一三の1ないし3、一四、検甲一ないし五、乙一、四、五の1、2、六の1ないし12、一三、一四、二九、三〇、検乙一ないし三、原告本人)及び前記争いのない事実を総合すると次の各事実を認めることができる。
(一) 本件事故態様(特に甲一三の1、3、検甲一ないし五、乙四、検乙一ないし三)
原告(昭和六年一一月一三日生、当時五八歳)は、シートベルトを着用して、原告車を時速四〇キロメートルで運転していたところ、被告車に後部から追突され、追突地点から約二三・七メートル暴走し、道路左脇の溝に左の前輪と後輸が脱輪して左に傾き停止した。
(二) 東長原病院における治療状況(特に甲四の1、2、一一、証人中島幹雄)
原告は、本件事故前において、肩や首の痛みで治療や診察を受けたことはなかつたが、本件事故後、体全体のだるさと左肩の鈍い痛みを感じ、高井病院に救急搬送され、右症状を同病院の医師に訴えた。同病院では、「頸椎捻挫、左肩関節打撲で全治まで七日間を要する」との診断書が作成されている。この際、頸部及び肩のレントゲン撮影がなされたが異常は認められなかつた。
原告は、本件事故から三日位して、右肩に左肩よりも大きな鈍痛をおぼえ、東長原病院に平成二年六月二七日から通院した。その際には、右腕が動きにくく、右肩挙上が一三〇度にとどまり、「右外傷性肩関節周囲炎、両肩打撲及び頸部捻挫」の診断名を得た。また、その際、原告の胸部にはシートベルトの装着位置に沿つて多数の小切創が認められた。
原告は同年七月九日まで同病院に四日通院し治療を受け、頸部痛はやや軽減したが、肩関節の疼痛が継続し、同年七月一〇日から同年八月三一日まで同病院に入院し、両肩のマツサージ、牽引等の治療を受け、右肩の痛みは徐々に和らいできたが、今度は左肩の痛みが大きくなり、入院中の同年八月ころには、左肩から左上腕部に疼痛が持続していることを看護婦に訴えたが、それが担当医師である中島幹雄医師に伝わらなかつたため、専ら右肩を対象とする治療が継続された。平成三年一〇月ころになつて左肩を対象とする治療がなされたものの、中島医師には左肩に対する重篤感がなかつたため、肩の関節造影検査はなされず、単純レントゲン撮影がなされただけであつた。原告は、平成四年三月末で中島医師が東長原病院を辞め、その後は整形外科の医師が同病院にいなくなるということで、整形外科の専門医である信原病院への転院を勧められた。
中島医師は、そのころ、原告は症状固定に達しているとの判断に至つていた。なお、原告の頸部痛は平成二年一〇月ころには相当軽減していた。
(三) 信原病院における治療経過(特に甲一二、乙二九、三〇)
原告は、平成四年九月二日から信原病院に通院し、同病院で、直ちに両肩の造影検査がなされたところ、左肩関節腱板断裂が発見された。断裂の程度は完全断裂ではなかつたが、左腕の挙上に従つて上腕二頭筋長頭腱の異常膨隆が認められ、同時に腱板疎部から造影剤の漏出が観察された。そこで、原告の左肩に対し、局所注射及びリハビリテーシヨンがなされ、やや改善の方向に向かつたが、平成六年一一月一一日ころ、理学療法ではこれ以上の改善は望めないと判断された。そのころ、関節造影がなされたが左上腕二頭筋の異常膨隆は残存したままであり、その後は、症状は一進一退を繰返した。信原医師は平成五年八月ころから、原告に職場復帰を促した。
(四) 肩関節腱板断裂について(特に乙五の2)
肩関節腱板は、上腕骨骨頭に付着する筋腱であり、上肢の回旋、挙上に関与する機能を有する。その断裂は、老化、過労等により自然発症することもあるが、多くは外圧が加わつたことによつて発症する。打撲による直接外力によるものの他、関節に向かつて下方からの外力が働いた場合(転倒・転落等)も、関節に牽引外力が加わつたり、ねじる・ひねる等の回旋外力が働いても起こりうるものである。右断裂の有無は、単純なレントゲン画像上だけでは判断できず、肩関節腔に造影剤を注入して腱板から造影剤の漏れがあるかどうかを検査する関節造影検査によらねばならない。
(五) 症状固定の診断(特に乙一四)
原告は平成七年八月五日症状固定の診断を受けたが、その後遺障害診断書によれば、原告の肩関節の可動域は左が屈曲一一五度(他動一二五度、以下( )内に他動値を示す)、伸展二〇度(三〇度)、外旋四五度(三五度)、内旋五五度(五五度)、外転八〇度(九〇度)であり、右が屈曲一二〇度(一三〇度)、伸展一五度(四〇度)、外旋四〇度(五五度)、内旋五五度(五五度)、外転一〇〇度(一一〇度)であり、左上肢で物が持てない、力仕事ができない、書字動作がうまくできないことが指摘されている。
なお、肩の正常可動域は屈曲一八〇度、伸展五〇度である。
(六) 原告の愁訴(特に原告本人)
原告はその本人尋問において、現在、一〇キログラム以上の重たいものを五分以上持てず、両肩に痛みがあり仕事ができない旨を訴えている。
(七) 信原医師の見解(特に乙三〇)
信原医師は、「初診医でないため、本件事故との因果関係は判断できないが、原告の障害の程度は等級表一二級六号に該当する。」との見解を示している。
なお、被告車は自賠責保険に加入しておらず、自動車保険料率算定会の後遺障害認定は経ていない。
2 判断
(一) 傷害内容・症状固定時期について
1の各認定事実、特に、(1)原告は本件事故前、肩の痛みを覚えたこともこれに関する治療歴もないこと、(2)本件事故態様からすると原告は衝突時と、原告車が溝に転落する際の二度に亘り外圧を受けており、外圧を受けた際、原告が体をひねるなどしたことが想定できるから、本件事故は腱板断裂の要因足りうるものであること、(3)本件事故後、左肩の疼痛が継続していたこと、(4)信原病院において初めて造影検査がなされたところ、左肩関節腱板断裂が発見されたこと、以上から本件事故により左肩関節腱板断裂が発生したものと推認できる。ただ、その発見が遅れたため、治療が長期化したもので、原告の症状固定時期は、前記(特に1の(三))原告の症状の推移から見て、平成六年一一月一一日であると認められる。
中島医師は、「本件事故前に軽度の断裂が起こつていたことは否定できない。」と証言するが、腱板断裂が自然発症する場合があるという事実と、原告が長年肩に負担のかかる職業に就いていたという事実以外にはその根拠らしきものは見当たらず、単なる可能性の指摘にとどまるものといえるから、右証言は前記認定を左右できるものではない。
(二) 後遺障害について
原告の左肩の障害はその運動制限の程度と腱板断裂が他覚的所見に裏付けられていることから等級表一二級六号に該当し、これは生涯継続すると認められる。
原告の右肩の障害は他覚的所見に乏しく、等級表一四級一〇号にとどまる。
(三) 素因減額の主張について
被告は、「五十肩等の老化現象、心因性、糖尿病などの素因が治療の長期化と障害の発生を招いた。」と主張しているが、(一)(二)に判断したところによれば、右主張は採用できない。
二 争点2(損害額全般)について(本項以下の計算はいずれも円未満を切捨る)
1 治療費 四九四万〇四〇一円
内訳
(一) 高井病院及び東長原病院 二七七万六〇五一円
(主張同額、争いがない)
(二) 信原病院 二一六万四三五〇円
(主張二五三万五七九〇円)
証拠(乙二の1ないし72、六の1ないし12、八の1ないし35、九の1ないし4、一一の1ないし13)によれば、症状固定日たる平成六年一一月一一日までの治療費は右金額であることが認められる。
2 文書料 六七〇〇円
(主張同額、乙一七の1、2)
3 入院雑費 六万八九〇〇円
(主張同額)
前記のように原告は五三日間入院し、一日あたりの入院雑費は一三〇〇円と見るのが相当であるから総額は六万八九〇〇円(一三〇〇円×五三日)となる。
4 交通費 〇円
(主張一四五万一六八〇円)
原告は、兵庫県龍野市所在の信原病院への通院交通費として、新大阪―相生間の新幹線往復交通費を請求しているが、原告は右通院に際しては自家用車を利用したことが多かつた(原告本人)のであるから、原告の右交通費の請求は理由がない。原告が信原病院の通院につき自家用車を使用したことによつて蒙つた経済的不利益は、入通院慰謝料の加算要素として考慮する。
5 医療器具購入費 九八八八円
(主張同額、乙一八、一九)
6 休業損害 一一一五万五五三六円
(主張二七九五万八三一三円)
証拠(乙二三、二四の1ないし7、乙二五、二六、原告本人)によれば、原告は、昭和四三年ころから露天商を始め、事故当時、縁日で焼きそば等を販売する仕事をしていたこと、原告がガスボンベなどの重量物の運搬ができず、通院期間の全期間に亘り休業していることが認められる。
所得については、その売上や経費を的確に証明する資料は提出されていない。したがつて賃金センサスを基本とすることになるが、右職業の性質や原告が扶養家族がいないこと(原告本人)等を考慮すると、原告の年収は、平成二年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計、男子労働者五五歳から五九歳までの平均年収五四六万八四〇〇円の六割である三二八万一〇四〇円程度であつた蓋然性が高い。そして、原告の症状の推移、入通院状況、後遺障害の程度、平成五年八月ころには信原医師からも職場復帰を勧められたこと、露天商が重量物の運搬を不可欠の作業とするところ、原告が右作業を単独ではできなかつたことを考慮して、原告の休業損害は右年収を基礎に、事故日から症状固定日たる平成六年一一月一一日までの四年四月の間、当初の三年間は就労不能であり、その余の一六月は平均して労働能力の三〇パーセントを失つていたものとして算定するのが相当である。右算定によれば、前記金額が求められる。
計算式
(1) 三二八万一〇四〇円×三年=九八四万三一二〇円
(2) 三二八万一〇四〇円÷一二月×一六月×〇・三=一三一万二四一六円
(1)+(2)=一一一五万五五三六円
なお、右計算は月単位でなすために端数の日数が生じるが、この点は労働能力喪失割合に折り込み済みである。
7 逸失利益 二六九万八一九六円
(主張六〇一万六〇二一円)
前記認定の原告の障害の部位、程度、職業、性別、年齢等を総合し、自賠及び労災実務上等級表一二級の労働能力喪失率が一四パーセントと取り扱われていることは当裁判所に顕著であることからみて、原告は本件事故による後遺障害によつてその労働能力の一四パーセントを喪失し、これは生涯継続するものと認められる。
原告は症状固定時六二歳一一月であり、七年間は就労可能と認められる。前記年収を基礎にその逸失利益をホフマン方式により算定すると右金額が求められる。
計算式 三二八万一〇四〇円×〇・一四×五・八七四=二六九万八一九六円
8 入通院慰藉料 二五〇万円(主張五〇〇万円)
原告の傷害の部位・内容・程度、入通院期間・状況の他、信原病院への通院に際して出費を強いられたこと等の事情を考慮して右金額をもつて慰謝するのが相当である。
9 後遺障害慰藉料 二〇〇万円(主張五〇〇万円)
原告の後遺障害の内容、程度からみて、右金額をもつて慰謝するのが相当である。
10 眼鏡フレーム修理代 三七〇八円
(主張同額、乙二〇)
11 車両関係の物損 八一万一五五六円
(主張一〇三万三七五三円)
本件全証拠によるも被告の自認額を超える損害の発生を認めることはできない。
第四賠償額の算定
一 損害総額
第三の二の合計は、二四一九万四八八五円である。
二 損害填補
一の金額から前記損害填補額一〇五八万七七二〇円(第二の一の4)を差し引くと一三六〇万七一六五円となる。
三 よつて、原告の被告に対する請求は、右金額及びこれに対する平成七年八月五日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 樋口英明)